経営者が知っておきたい「従業員満足」

「会社はだれのものか?」

そんな議論を一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。特に株式会社は、株主、経営者、従業員というステークホルダーがあります。これに対し、「株主のものに決まっている」「そもそもこんな議論は意味がない」というコメントや、松下電器(現パナソニック)創業者の松下幸之助の言葉にある「企業は社会の公器である」という価値観も存在します。一義的には株式会社は株主のものであるという認識が一般的ですが、最近では従業員に注目する論調が増えてきたのも事実ではないでしょうか。

そのような背景も意識しながら、従業員満足度に関してまとめてみましょう。

なぜいま「従業員」が注目されるのか

 そもそも企業の定義とは何でしょうか。いくつかの解釈はあると思いますが、共通しているのは

  • 営利を目的とする
  • 生産や販売、サービスの提供などの経済活動を継続的に行う

といったところではないでしょうか。

先の「会社はだれのものか」という議論を置いておいても、これを成立させるための要素として、その事業の元手を供給する株主、事業運営の責任を持つ経営者、実際の経済活動を行う従業員のどれが欠けても成り立たないわけです。

また、事業を行う以上はその企業の外にその財やサービスを消費し対価を払う顧客が必要で、その経済活動は社会の中で行われるため直接顧客でなくともその経済活動の影響を直接、間接に受けることになるため、社会一般も企業の構成要素と考えてもよいかもしれません。

そのなかで、従業員は経済活動そのものを実行し、提供するという意味において、経済活動そのものの価値を形成するといっても過言ではないでしょう。実際の顧客や社会との接点は従業員または従業員が生み出した財やサービスそのものなので、その重要度という意味で従業員およびその意識や活動に注目が集まるのは必然ともいえるでしょう。

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従業員の位置づけ

従業員とは言い換えれば労働者であり、マルクス経済学の議論を待たずとも、長らく労働者は資本家によって搾取される対象のように扱われてきました。そのために、労働者は保護されるべき弱い立場にあることが前提で、現在の労働基準法もその立場に立っています。例えば、労働基準法 第1章総則第1条1には「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」と定められています。

この労働基準法は戦後間もない昭和22年(1947年)に制定されたもので、現在とは異なる社会背景や産業構造を前提としたものですが、当時の労働者の立場を理解するうえで分かりやすい例でしょう。(なお、いまだに労働基準法違反の事案や、いわゆる「ブラック企業」の問題が注目されているのは残念です)

一般的な企業においては、以前の製造業の生産現場に代表されるような、時間当たりの作業で生産性を測り、その労働量や労働時間の対価として賃金を支払うという考え方を基準にしていました。現在の労働基準法もその点については踏襲しており、例外的なみなし労働時間制や管理監督の立場にあるものなどを除き、同じ考え方が継続しています。

しかしながら、現在における従業員の仕事は多様化の一途をたどり、必ずしも時間と成果が比例しないような業務内容が多くなってきています。また、業種を問わずグローバルな競争環境に置かれており、決まったことを正確にこなすだけではその企業の付加価値や競合優位性を生み出すことができず、むしろ硬直的な仕組みにより顧客ニーズや市場環境の変化に対応できずにあっという間に衰退してしまうリスクのほうがはるかに大きくなってきているのです。

新しい従業員像

こうした背景の中、企業活動によって生産される財やサービスを経営者が意思決定し、従業員が実行するというモデルは現実的ではなくなってきています。ここで必要なのは、財やサービスの提供に直接携わっている従業員ひとりひとりが責任をもって意思決定することで、より柔軟で迅速な経済活動を行えるようにすることです。この状況の変化により、経済活動の主体は経営者よりも従業員の比重が相対的に上昇するため、結果的に従業員の意識や能力に対する関心が高まっているのです。つまり、従業員にフォーカスされてゆくのは必然ともいえるでしょう。

こうなると、これまでの企業が労働者を選択し、労働者は賃金の対価としての労働を提供するという構図は崩れ、一部の有能な労働者は経営者以上に力を持つこともありえるのです。労働者は自分の貢献に見合う待遇と満足度を与える企業を選択し、もし満たされない場合には他の企業への転職を行います。経営者と労働者の関係の変化と並行して、より流動性の高い労働市場が日本でも形成されてきているのは、大手転職エージェントのCMが毎日のようにテレビで放送されていることでもみなさんお気づきでしょう。

つまり、企業は労働者を「働かせる」立場から、「働いてもらう」立場に変化しつつあるということなのです。すべての業種や職種にすぐに当てはまるわけではないかもしれませんが、数十年前の日本では考えられなかった変化が起きているのは間違いないでしょう。

このような流れの中で、顧客の選択肢が増えるにつれて「顧客満足度」が重視されてきたように、労働者の選択肢が増える中で「従業員満足度」が注目されてきたことは自然な流れといえるでしょう。

従業員満足度の構成要素

では、従業員の満足度を構成する要因はどのようなものがあるでしょうか。単に高い給与を支払えばいいのでしょうか。基本的な考え方として、アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した、動機付け・衛生理論が参考になるでしょう。

人のモチベーションを構成する要素は、大きく衛生要因と動機付け要因に分かれます。

衛生要因は不満足要因とも呼ばれ、この要素が満たされても満足度は上がらないが、満たされないと不満足になる要因です。例えば会社の方針や給与、休日、仕事の物理的な環境などで、おもに労働条件に当てはまるような内容が多いでしょう。

一方、動機付け要因は、満たされなくても不満足にはならないが、満たされると満足度が上がる要因です。仕事の達成感や責任、やりがいや成長を感じられるかなど、主観的な要因が多いといえるでしょう。

これらを組み合わせ、衛生要因を満たすことで不満を減らし、動機付け要因を満たすことでやる気を引き出すということが求められます。単に高待遇の条件だけでは人材を引き留められないという話を聞きますが、これは衛生要因だけを満たしていて動機付け要因を満たせていないケースだといえるでしょう。

このように、一般的には従業員の満足には衛生要因と動機付け要因が両方必要です。(もちろん個人差により、その割合や配分は異なります)経営者はその要因を十分に理解したうえで社内制度や労働環境を整備してゆく必要があり、単に高給を出せばよいというものではないということはお分かりいただけたのではないでしょうか。 

従業員満足度の影響

実際に企業活動と従業員満足度にはどのような影響があるのでしょうか。

まず、満足度が高い場合には、従業員は仕事を「している」という積極的な意思に基づいて業務を行うのではないでしょうか。その結果、心身ともに健康的、生産的かつ創造的な発想で取り組むかもしれません。その結果は顧客との接し方や提案にも反映され、顧客満足度が上がり、業績にもプラスになります。その結果さらに従業員満足度は向上し、離職率が減り、採用コストや教育コストは結果として削減されるでしょう。このような好循環の起点ともなりうるのが従業員満足度です。

一方、従業員満足度が下がると、この逆の現象が起こることが想像できるでしょう。生活のためにと仕事を「やらされている」意識のもと、必要最低限のことしかせず、またはミスを誘発し、顧客満足度が低下して業績も悪化します。その結果給与や賞与などの衛生要因の満足度を下げ、需要がある従業員から離職してゆきます。こうなると経営者にとっては悪夢でしかないでしょう。

しばしば従業員満足度が顧客満足度との相関で語られるのもこのような理由です。

これらの循環がどこから始まるのかというのは個別のケースで異なりますが、従業員満足度への影響がこのサイクルに組み込まれているのは確かであり、それが結果として事業に大きな影響を与えているといえます。

現代の事業の多くは、グローバルな競争や新規参入者との競争に常にさらされ、また技術の進歩により単純な製品自体の機能や価格だけでの差別化が難しくなりつつあります。そこには顧客を魅了する付加価値が必要であり、それはとりもなおさず従業員自身が生み出すものなのです。そのため、従業員およびその満足度が経営に与える影響は日に日に大きくなっているのです。 

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従業員エンゲージメントとの関係

最後に、最近よく聞かれるようになった「従業員エンゲージメント」について触れておきたいと思います。

従業員エンゲージメントとは、従業員満足度と近い概念ですが、そこからさらに発展し、従業員がもつ組織に対しての愛着や誇りなどを指す言葉として使われるようになってきました。Engagementはもともと婚約や約束、従事という意味を持ちますが、ここでは互いの距離感というニュアンスを含んでいると理解できます。

高いエンゲージメントの従業員は、より意欲的に仕事に取組み、現代のビジネスに求められるイノベーションに近い素養の人材であるとみなされます。

従業員満足度は必ずしも愛着を示すものではなく、業績との相関も比較的緩やかなものとしてとらえられています。これに対し、従業員エンゲージメントはより積極的な意識としてとらえられ、より高い士気と中長期的な絆の形成により、安定的かつ高いパフォーマンスを発揮することが期待されます。従業員エンゲージメントの高い従業員は、低い従業員に比べて高いパフォーマンスや企業文化への影響、イノベーションへの関与などが証明されつつあるのです。

このため、最近では従業員エンゲージメントという概念が強調されてきていますが、これも過去の歴史上最大に従業員の役割が大きくなり、その個々の力が企業の将来を左右するようになったことの証左といえます。

現在多くの企業や組織の課題となっている「働き方改革」も、この文脈を含めて取り組むことで本来目指すべき組織力の強化につながるはずです。

このような大きな流れを理解し、従業員の位置づけを再定義することも現代の経営においては無視できない非常に重要な要素であることは間違いないでしょう。